日本の国会で現在審議中の安保法制が、
世界の平和に貢献できると思えますか?
「全くピンと来ない」、「むしろ的外れ」、
「平和主義の日本こそが最も安全」、「漠然と違うと感じる」、
「私たちの日常こそが平和外交」
・・・・そんな私たちの思いは反映されているでしょうか。
また、この法制により、
「海外にいる日本の方々がテロに巻き込まれやすくなる」とも
言われていますから、まさに当事者でもあります。
そんな私たちの声を日本に届けませんか。

「私たちは安保法制に反対し、真の平和に貢献していきます。」by OVERSEAs

 署名・メッセージ

たくさんの署名・メッセージありがとうございました。第1期募集は終了いたしました。

OVERSEAsとは

SEALDs、MIDDLEs、OLDsに続く、OVERSEAs!

海外在住の方(含む留学・駐在)、その他海外関係の仕事をしてる方、
ぜひ声をあげて下さい。

現在在住か、元か(今は日本在住)は問いません。

日本全国で安保法制の強行採決に反対する動きが日に日に増しています。

このアクションは、
様々なシチュエーションでの海外経験者が
その知見や価値観から、安保法制へのカウンターとなるべく
立ち上がりました。

安保法制の反対は日本の中からのみではないことを世界に示しましょう。

世界各地より、戦後70年の日本を次世代に繋いでいきたいと思います。

OVERSEAsのアクション

ここで頂いた署名数は順次公開していきます。

ここで頂いた皆様からのメッセージは、実名公表希望者以外は匿名として、
順次、Facebook コミュニティ「 OVERSEAs-PEACE for World 」などで公開していきます。

海外在住の方は、この会の名前を使って、自由に現地で活動して下さい(OVERSEAs Parisなど)。
活動の様子をぜひFBコミュニティなどでお知らせ下さい。


発起人からのメッセージ

武井由起子(元総合商社勤務@中国など/現弁護士)

私は、現在、弁護士として、憲法カフェにおいて憲法の基本的な考え方を多くの市民の方にお伝えしてきているのですが、その際に参加者の方から「中国と戦争になるのではないか?日本はどうしたらいいか?」といった質問をたくさん頂きます。

弁護士になる前に総合商社に勤務して中国駐在をした経験から、日本は資源が少ない国で、中国は最大貿易相手国の一つ、戦争なんかできるのか等とお話しました。

だって、中国からは日本の輸入衣料品の7割をはじめ、通信機その他多くのものを輸入していているし、アメリカ、EUに次ぐ投資先なんです。

そして、当時、中近東を出張した経験から、戦後海外での戦闘で人を殺していない日本は非常に好感を持たれており、アメリカ人のようにパスポートを見せないよう気をつけなくても良く、むしろ安全であったとも。

そんな話を皆さん興味深く聞いて下さり、平和や安全保障を考えるには海外のことについての知識が不可欠だと感じていました。

そして、今年の夏、アメリカ各地で現地の日本の方々と話す機会を得たのですが、その方々の知見は大変に興味深いものでした。

たとえばIT会社に勤める方の「日本は弱いからこそ安全だ」という意見。

えっ?と思ったのですが、これからの戦争では国対国ではなくて、テロリストやサイバーが相手。その場合、強いところが狙われるし、強いところの武器はまさにその国を攻撃するツールとなると。

そして、何かあったら狙われるのは在外邦人たる自分たちだとおっしゃいました。

こういう意見は日本の皆さんに届いていますか?

海外にいる方々はまさにこの法案の是非に必要な知見を持ち、且つ当事者なのです。それを、ぜひ日本の皆様に知って、そして考えて欲しいと、湧き出る気持ちをおさえることができませんでした。

湧き出る気持ちがおさえられない人たちがつくった、SEALDs、MIDDLEs、OLDs。

私たち、OVERSEAsも、始動します!

海外の声を、知見を、日本へ!

世界の人たちが平和に生きていけるように。

私は、安保法制に反対します。

橋口 秀樹 (元国際NGO勤務/現会社代表・飲む、食う、暮らすをこよなく愛するワインパートナー代表)

大学時代に、日本の漁船が北朝鮮の警備艇から銃撃を受け、2名が殺害され拿捕・連行された「松生丸事件」が起きました。日本と北朝鮮とは国交がなかったため、日本赤十字社を通じて拿捕された2名を取り戻したことに感銘を受けた私は、卒業後、同社に入りました。

その後、某省がODA組織を立ち上げるに際し、体制作りから加わることに。そして、多くの事業を立案・実践することになりました。世界の約40カ国に調査・交渉に出向き、それらの国々から行政官を日本に招く等し、多くの国の方々と個人的な信頼ができ、日本国への信頼も得ることができました。

大学時代から「公益・国益」のバランスの中で国際間の協調を図る「国際法」「国際関係論」の世界に惹かれていましたし、その選択の背景にはまごうことなく、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」とする日本国憲法9条の理念がありました。まさに、私の仕事は、それを体現するものとなりました。

ところが、わずか70年で日本の戦後史が大きく塗り替えられようとしています。日本国憲法を蹂躙する集団が、憲法改正を正面から国民に問うことなく、ありえない手法で換骨奪胎するというクーデターの挙に出ました。のみならず、専制軍事国家への道まで敷かれようとしています。

しかし思い出して頂きたいのは、2011年3月11日、日本国を襲った未曾有の大災害の後に、世界のあらゆる国、人々から、世代、階層、貧富、人種の別なく、我が国に無数の支援の手が差し伸べられた事実です。それを支えたのは、日本国憲法の精神の実践として、世界津々浦々で開発途上国の国・人づくりの「国際協力」を推進してきたことが大きく寄与しているのではないでしょうか。そして海外に居住し、世界の各地で暮らしを営まれている皆さんのご尽力の表れだったのではないでしょうか。そして、それこそが真の積極的平和主義ではないでしょうか。

安保法制は、日本を世界から孤立させる恐れすらある大変危ういものです。皆さんは、海外にいるからこそ日本が見える。海外の良さを通じて日本を再生したい。安保法制にNOの声を。皆さんのご支援を強くお願いする次第です。

工藤実和子(ファブリック関係が好き@パリ・ロンドン・中国他/現NPO法人事務局)

なんとも私の好きな日本には、だいぶ長いこと似つかわしくない不穏な空気が漂っていたのだが、ついに完全に覆われてしまった。私の好きな日本とはこうだ。

1つ、美術品の企画制作では、関西で寺院建立に携わった。中国・韓国の人間国宝である美術家に技術の提供のご依頼をした際、韓国のその師は「間に合った・・」と一言つぶやいて泣いて喜ばれたんだそう。次世代に技術が残ることとそれが日本の地であったこと、「間に合った」とは、ご高齢の師の「命終」に・・・。

1つ、インテリアデコレーターとして、とある邸宅の為に、日本ではあまり多くはないファブリック製を得意とするイギリス人デザイナーを訪ねた時。色あわせに悩む彼女に平安時代の重ねの色目帳を開いたところ、日本古来の独特の淡くて微妙な色表現に大変感動されていた。茜色と抹茶色が彼女の新作に纏われていった。

1つ、学生時代の友人は「ラオスは500万円あれば学校が創れるんだ」と会社員生活の貯金を元手に旅立った。

先進国であり独自の文化をもち繊細な技術をもつ、私が好きな日本は、それらを継承し国境を往復しながら何かを芽吹かせる可能性をもっている。これらは個人的な考え方であるけれど、そこも含めて語らえる海外に暮らす友人知人達がたくさんいる。

その皆が、近年日本にいる私以上に、やるせない思いをこの数年持ち続けている。

不穏な空気は島国上空をさっと流れてとっくに地球を覆っていた。そう、今日本で審議中の安保法案は日本だけの問題ではない。今、国会前には行けないけれど、やるせない思いを抱える日本人は世界中にいる。世界に点在するやるせない思いを見える形にしなくてはいけないと思った。

それぞれの言葉で、それぞれの体感で。

そもそも日本の選挙制度には問題が多く、正統に民意が反映されていない可能性が高い。日本の有権者たった30%が支持した人々が、世界の歴史を不幸に導く可能性がある法案を、こんな形で進めている。

あの時涙された韓国の師は、いつテロが起こるかもしれない日本を想像しただろうか。やるせない。

山秋 真 (元・交換留学生@アメリカ合衆国/現ノンフィクションライター)

かつてアメリカへ留学中に湾岸戦争が起きた。

戦争をしているアメリカに
外国人として暮らすなかで、見えてくるものもあった。

家族や友人や知人など日本から届く手紙に
日本の人的貢献や資金提供といった湾岸戦争をめぐる話題が増えた。

手紙が積み重なるにつれ、それぞれ接点なく暮らす人びとなのに
「枠」のような、「色」のような、「流れ」のような、
不思議な方向性があることにも気づいた。

そうした経験を通して、少しずつ私は学んだ。
ものごとは、自分の目にパッと見える以上に、ずっと多面的であること。
ひとつの視点から見ていただけでは、見えないものがあること。
いろいろな視点からの声に耳を傾けていけば、発見が増えること。

対立に見えていたものが、実は対立する必要もないことだったり。
憎しみに見えていたものが、憎しみどころか悲しみだったり、
コミュニケーション不足の結果だったり。

いま私が悩んでいることが、
とっくの昔に別のどこかで誰かが経験したことだったり、
すでに誰かは解決している問題だったり。

そうやって見えてきたものを、日本へ還元できたらいいのにと思った。
でも、インターネットが普及する前だった当時、
一介の学生に、なす術はないように思えた。

いま、私たちはインターネットを介して
世界の各地で重ねてきた経験や知見を日本へ発信することも、
日本にいる人びとと意見や情報を交換することも、ずっと手軽にできる。

ならば、今こそ試みたい。
戦争法案とも呼ばれる安保法制が参院で可決されたら
70年続いた日本の「戦後」が「戦前」なるかもしれない危機に、
視点を増やし、アタマを揉んでみたい。
どんな理由や目的であれ、戦争を肯定することはできないから。

日本列島ではないどこかにお住まいの/お住まいだった/ご縁がある皆さま、
あなたの経験から発見された知見を、この機会に広く発信し、共有してくださいませんか。

当事者のひとりとして。

中溝ゆき (元金融機関勤務@アメリカ・ロスアンゼルス/現小売業勤務)

私は留学で米国に渡り、その後20年以上暮らして、先ごろ帰国しました。
2001年の911事故。最初は事故の惨状にただ衝撃を受けていましたが、テレビでテロの脅威が繰り返し叫ばれ、事故とは関係のないイラクを攻撃すると言い出した時、多くの市民は異を唱えました。
特にカリフォルニア州においては7割の市民が戦争に反対だったのにも拘らず、イラク戦争に突入してしまいました。

10年後の東日本大震災・原発事故直後から、日本では隣国の脅威が煽られるようになり、「とうとう日本は米国の真似をする」と酷い焦燥感に駆られましたが、それは今、目の前に迫っています。

1961年、アイゼンハワー大統領は退任演説で軍産複合体について警鐘を鳴らしましたが、以後50年、戦争の火を止めることはできないまま、米国の国富をも食いつぶし、今、その矛先は日本の国富に向けられています。

海の向こう側から日本を眺めていた海外在住者だからこそ、国内では見えない物が見えている事が往々にしてあります。

戦争に一歩足を踏み入れてしまったら後戻りはできません。ここはぜひ海外在住者の英知を結集して、日本が間違った道に進まないように食い止めましょう。 どうぞよろしくお願いいたします。


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たくさんの署名・メッセージありがとうございました。第1期募集は終了いたしました。